映画の中の司書三題

市村省二

 昨年夏、日本人司書が主人公の映画が三本公開されました。三作とも単館上映でしたので、ご覧になった方はおそらく少ないことでしょう。いずれも主人公が興味深く(?)描かれていましたので、ご紹介しておきます。

地球で最後のふたり(2003年タイ=日本=オランダ=フランス=シンガポール)
監督:ペンエーグ・ラッタナルアーン
出演:浅野忠信、シニター・ブンヤサック、ライラ・ブンヤサック
※3/25DVD発売予定
 バンコクの日本文化センターに勤める青年ケンジ(浅野忠信)1)と交通事故で妹を失い、天涯孤独になったタイ人女性ノイ。「肉親の死」をきっかけに知り合った二人が拙い会話を繰り返し、互いに心を近づけていく―
 ケンジは、自殺願望のある、もの静かで几帳面な青年。自由奔放で安穏としたノイとは対照的です。自宅には塵一つ落ちておらず、本や糊のきいたシャツ、靴など、すべてが図書館のように整然と分類・整理されています。
 図書室で働くのが彼の主な仕事のようなのですが、使命感に燃えて赴任したというより、バンコクを安息の地にしようと決めて日本から逃げ出してきたようにも思えます(司書=厭世的なイメージなのでしょうか?)。
 静かなトーンでたんたんと物語が展開するので退屈な印象も持ちますが、最後は不思議な余韻の残る秀作ラブストーリーです。

ともしび(2004年ユーロスペース)
監督:吉田良子
出演:河井青葉、遠藤雅、蒼井そら
 図書館2)に勤める裕子(河井青葉)は、人と親しく交わることもない、内気な女性と思われていた。しかし、私生活ではスリリングなゲームを密かに楽しんでいた。それは、職場近くのマンションの部屋に忍び込んでイタズラし、住人を怖がらせてマンションから追い出してしまう、狂気じみたものだった―
 彼女の異常な行動の理由は、思いを寄せる青年に近づき彼を独占するためであることが後になってわかります。隣接する部屋から、壁やベランダ越しに、青年の部屋の生活音を聞いたり、青年の洗濯物のシャツの匂いを嗅いだり、一緒に食事をするかのように装ったりして、彼女は安らぎを得ます。しかし、決して青年と直接交わろうとはしません。いわば、害のないストーカーなのですが、そこには、人間的な接触を好まず、歪んだ恋愛にしか没頭することのできない、都会に生きる女性の孤独と悲しみや、外見に似合わず、腹の底では何を考えているかわからない司書のイメージを読み取ることができます。

父と暮せば(2004年パル企画)
監督:黒木和雄
出演:宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信
※3/5より岩波ホールにて再ロードショー
 原爆投下から3年後の広島。図書館に勤める美津江(宮沢りえ)は、愛する者たちを一瞬の閃光で失い、自分が生き残ったことに負い目を感じながらひっそり暮らしていた。そこに父・竹造が幽霊として現れ、娘の“恋の応援団長”役を買って出る―
 井上ひさしの同名戯曲を忠実に映画化した作品です。原爆ものというと、とかく暗くなりがちですが、ユーモアと優しさに満ちた父娘の会話が原爆の恐怖と悲しみに対する救いや人類の未来への希望を感じさせてくれます。宮沢りえの演技も素晴らしく、この作品は彼女の代表作の一つになることでしょう3)
 竹造の、「人間のかなしかったこと、たのしかったこと、それを伝えるんがおまいの仕事じゃろうが」という広島弁のセリフが印象的でした。人類の記憶の保存と未来への継承を使命とする、司書という職業の重みも感じさせてくれる作品でお勧めです。


1)原作本の邦訳(プラープダー・ユン著、ソニー・マガジンズ刊)によると、ケンジは、国際交流基金バンコク日本文化センターの所長補佐という設定。また、1999年から2004年まで、同センターに駐在していた吉岡憲彦氏が実在のモデルとのこと。
2)モダンな図書館のロケ地は市川市立中央図書館。
3)舞台では、梅沢昌代、春風ひとみ、斉藤とも子、西尾まりがこれまで美津江役を演じている。

(和光大学情報センター)


Tokyo支部報(大学図書館問題研究会東京支部), No.205, p.3-4, 2005.2より転載